こんにちは。
離婚後、子供たちに会えない日々。
どのような状況だったのでしょうか。
ひとり暮らし
離婚後、人生初のひとり暮らしになりました。
1Kのアパート。
そこにベッドを持って行ったので余計狭く感じましたね。
部屋探しの時に、日当たりのよい部屋を選んだつもりでしたが、午後になると狭い道路を挟んだ前の家により影になってしまい暗い部屋に・・・。
日当たりをあまり気にしない人もいるかと思いますが、私には日当たりめちゃめちゃ重要ですね🌞
そして、どのぐらいだったかな・・・?
私が引っ越した後に隣に男性が引っ越してきました。今時珍しく、母親と一緒に引っ越しのご挨拶に来られました。初めてのひとり暮らしだったんでしょうね。ただ、この男性、時々友達を何人も呼んで夜中に遊ぶんですよ。安いアパートなので防音対策がさほどされておりません・・・そりゃうるさい🙄
さらに、ベランダでタバコを吸っているようで・・・そりゃ臭い🙄
自分の部屋の窓を閉めていても臭いが入ってきましたね。。
そういう意味で、途中からかなりのストレスがかかりました。
精神状態
離婚後、子供たちと1度も会えておりません。
この頃は二度と子供たちと会えなくなるなんて1ミリも思っていませんでした。
「会える」と思っていた時でさえ、精神状態は「死」。
よく、心にぽっかり穴があいたよう・・・という表現をしますが、穴どころではなく心そのものがなくなったような感覚でした。毎日、毎日、家では号泣。ホロリと泣くんじゃないんです。嗚咽するぐらいの号泣を毎日していました。さぞかし私も近所迷惑だったことでしょう・・・。
あまりの辛さに、心の痛みを体の痛みでやわらげなければならず、軽い自傷は頻繁にしてました。私の場合は包丁はあまり使わず、はさみを使用していました。腕とか首は服を着た時に傷が見えてしまうので、服で隠れる、デコルテ、お腹、二の腕を傷つけてました。心の痛みがオーバーしそうな時に体を傷つけると、体の痛みに意識が向いて落ち着くことが出来るんですよね。
そして、派遣社員は土日祝が休み。
土日祝・・・。
ひとりで家にいると危ないのです。死の危険がありました。
なので、基本的に土日祝は単発のアルバイトをして家にいないようにしていました。金銭的にも助かりましたね。ただ、休みなしで働く体力は持ち合わせておりませんで・・・途中からは土日のどちらかだけになっていた記憶です。
そんな生活が約2年。
母が体調が悪くなり、フルで仕事をするのが難しい状況に・・・。
妹も母と一緒に暮らしていましたが、フリーターのため妹だけの稼ぎでは・・・。ということになり、女3人で暮らすことになります。これがきっかけで毎日の号泣生活は終止符を打ちました。
だって、家族のいる家で号泣は出来ないですもん。
あとは、家に帰ればだれかいるというのは精神衛生上とてもよかったですね🌝私はひとり暮らしは向いてないんだなとつくづく実感しました。
そんなこんなで、現在も女3人生活が続いております。
女3人生活は良い塩梅でバランスが取れるもんです。